英語の名言・格言【ウォルト・ディズニー】

ウォルトディズニー

ウォルト・ディズニー(Walt Disney)は、世界的に有名なミッキーマウスの生みの親であり、ディズニーランドの創設者です。彼が生まれていなかったら、少なくとも今の世のエンターテイメントの世界はガラリと変わったものになっていたに違いありません。

彼は幼少の頃から絵を描いたりアートに興味を持っていて、高校生時代に美術学校にも通う少年でした。ところが愛国家でもあった彼は、第一次世界大戦が勃発しアメリカが参戦すると16歳の年齢を志願可能な17歳と偽り、陸軍に入隊します。その時に高校と一緒に美術学校も退学してしまいました。

そして大戦が終了しアメリカに帰国した後は、漫画家からアニメーターへと転身します。後には独立し、一度は倒産などの苦労を経て、1923年の若干22歳の時に彼の兄、ロイ・ディズニーと共同で再度会社を設立しました。

そしてそれが現在のウォルトディズニー・カンパニーの前身になったと言われています。それにしても凄いエネルギーですね。

“If you can dream it, you can do it.”
夢を見ることができるのであれば、それは実現できる

よくビジネス啓発本に書かれているような目標としてではなく、純粋に人が夢を見る大切さを教えてくれる名言だと思います。人は夢がある時には、それを想像しただけでワクワクするエネルギーというものがあります。

ところで、1955年にアメリカの西海岸にあるカリフォルニア州で完成した、世界初のディズニーランドがオープンする時の彼の言葉は、

Disneyland will never be completed.It will continue to grow as long as there is imagination left in the world.”

「ディズニーランドは、けっして完成しないだろう。世界に想像力が残っている限り、成長し続けるだろう。」でした。

『夢は実現できる』と言っているはずの彼が、なぜか『完成しない』と言っているディズニーランド。ディズニーランドは、人間のワクワクする夢がある限り、その夢とともに発展し続けるということを言っているのでしょう。

“It’s kind of fun to do the impossible.”         
不可能と言われることをやってみるのは、結構楽しいものです

ウォルト・ディズニーは、世の常識にまったくとらわれずに、世界初のトーキー映画(音声付)や、世界初の長編アニメーション『白雪姫』をカラーで興行的にも成功させたりとまさに挑戦の人でした。

そんな彼でも、世界初のテーマパークであったディズニーランドの開発資金は莫大なものであり、周囲には反対の声も多かったようですが、彼はそんな話には耳も貸さずに、自分の生命保険を担保に、建設資金を確保するための別会社をさっさと設立しています。

常識”とはいったいなんだろうと考えさせられてしまうお話ですね。

“We keep moving forward, opening new doors, and doing new things, because we’re curious and curiosity keeps leading us down new paths.” 
我々は前に進み続け、新しいドアを開き続け、新しいことをし続ける。なぜなら我々は好奇心が旺盛で、好奇心こそが我々を新しい道へと導いてくれるからである。

アメリカ西部のロスアンゼルスで、ディズニーランドを成功させた彼の挑戦はまだ終わりませんでした。

1965年の彼が65歳の時には、今度はアメリカの東側フロリダ州の地でNYのあるマンハッタン島の約2倍の面積にあたる土地を購入します。そして、現在のウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートになるテーマパークを作り始めたのです。

このサイズは、日本にあるディズニーランドとディズニーシーを合わせた面積の100倍以上になるので、桁外れの広さであることがわかりますね。

ちなみに完成したのは1971年です。残念ながら1965年に他界してしまった彼は開園に立ち会うことはできませんでしたが、その意思をついだ兄のロイ・ディズニーによって計画は進められました。

“All our dreams can come true, if we have the courage to pursue them.”
我々のすべての夢はかなえることができる。もし我々が、それを追い求める勇気を持ち合わせているのであれば。

僕が好きな言葉で、”Where there is a will, there is a way.”という言葉があります。あんまり偉そうなことは言うつもりはありませんが、僕が英会話学習を本格的に始めたのは19歳の時でした。

周りからは、20近くから英語を勉強したって話せるようになるわけないという声も多かったのですが、特に海外留学をしなくても、今では海外旅行ぐらいではあまり不自由することはなくなり、映画も字幕なしで楽しめるぐらいのリスニング力になりました。

人間、誰でも歳を重ねるうちに『できない』言い訳が増える傾向があります。社会の中の制約、常識、または現実という中で、それが大人になることだとの説得に便乗してしまったり、あきらめたり、あるいは慰めているの場合が多いのかもしれません。

そんな中でも『自分はできる』と思って前進する人と、『〇〇だから無理』と夢をあきらめてしまう人の違いは、彼が言うように、勇気なのかもしれません。他人と違う道を行くといくことは、非常に勇気がいるものです。

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